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昭和52年の五瀬山の火災

昭和52年(1977)4月2日午後3時14分頃、五瀬山の末地区山裾のみかん畑から出火し、火勢が広がったため、3時37分に隣接の津田町、寒川町、長尾町の消防団に応援要請した。一致した消火活動により、午後6時30分頃火勢鎮圧に至り、7時13分に一応鎮火の状態になっ... 続きを読む

昭和49年の台風8号

昭和49年(1974)7月6日~7日、台風8号により、引田町で350ミリに達する記録的な集中豪雨となり、志度町内の常時冠水地区である家屋密集地域で排水作業や土のう積み等を行い、浸水被害を最小限に食い止めた。 続きを読む

昭和40年の台風23号

昭和40年(1965)9月9日、台風23号により、午後4時頃から降り続いていた雨は、夜半に入ると激しさを増した。河川下流の海岸線沿線では満潮時も重なり、志度地区西部の今新町から塩屋地区までの793戸の床下浸水、中浜地区周辺で155戸の床上浸水、住宅の全壊9戸、... 続きを読む

大正7年の台風

大正7年(1918)8月30日午前2時すぎ、暴風雨により、大阪から中国大連に向かっていた愛宕山丸(3,946トン)が志度町小田釜居谷の岩礁に座礁した。 続きを読む

大正元年の洪水

大正元年(1912)9月21日午後4時頃から23日午前5時頃まで、連続してどしゃ降りの豪雨となり、鴨部川にかかる広瀬橋、乙井橋、地蔵川橋、鴨庄橋などの橋が流され、川田、中空、西山、鳥田、尻切、川西、そうめんや土堤、小山土堤などが決壊し、濁流は鴨部、鴨庄の田野に... 続きを読む

明治33年の水害

明治33年(1900)、稀有の大水害であったが、記録に恵まれない。 続きを読む

明治17年の水害

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明治17年(1884)8月25日、暴風、波濤により、堤防が決壊し、家屋の流失、稲や甘藷などの作物に被害が出たが、人命には異常なかった。(西新開の水害記念碑の碑文による) 続きを読む

慶応2年の洪水

慶応2年(1866)、寅の年の大水による災害はひどかったようであるが、記録に恵まれない。 続きを読む

大正元年の洪水

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大正元年(1912)9月21日午後4時頃から23日午前5時頃まで、連続してどしゃ降りの豪雨となり、鴨部川にかかる広瀬橋、乙井橋、地蔵川橋、鴨庄橋などの橋が流され、川田、中空、西山、鳥田、尻切、川西、そうめんや土堤、小山土堤などが決壊し、濁流は鴨部、鴨庄の田野に... 続きを読む

明治33年の水害

明治33年(1900)、稀有の大水害であったが、記録に恵まれない。 続きを読む

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