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安永3年(1774)夏秋、大水。これより天明、寛政間水干の災有らざる年なし。(「蜂須賀家記」による)/6月23日、御国風雨、出水、御地高38,985石余損毛。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む
明治16年(1883)、干ばつ。10月20日、麦一粒も食わず、西井川の人々万じゅ沙華の根を掘る。(「辻風土記」による)/村民雨乞いのため神社に祈る。わらの餅を食う。(「大俣村誌」による) 続きを読む
昭和40年(1965)3月16日午後、強い寒冷前線が四国地方を通過し、強風と大雨を伴った。また、太竜寺山の杉と無線柱に落雷し、3時間にわたり延焼した。阿南市では小豆大、木頭ではラムネ玉大の降雹があり、葉タバコに被害が発生した。剣山では雪崩が発生し、測候所の技官... 続きを読む
昭和57年(1982)8月9日14時頃、徳島市内を中心に激しい雷雨があり、高圧線トランス等に落雷した。徳島市内では6,800戸が停電し、信号機17箇所に異常が発生した。 続きを読む
貞享2年(1685)3月6日、新町焼く。免許町に発し、淡路町に至る凡そ467戸。(「阿波志」による)なお、この頃の徳島の家数は1,558戸、人口20,590人。(「徳島県史料年表」による) 続きを読む