昭和47年の繁藤災害

災害年月日
1972年07月05日
市町村
高知県大豊町
災害種類
土砂災害  
概要
昭和47年(1972)7月5日、集中豪雨により、土佐山田町繁藤の通称追廻山で大規模な山崩れが発生し、山津波は国道32号沿いの人家11戸と消防団員や地元の人々60人及び繁藤駅に停車中の機関車と客車2両を一呑みにして穴内川の対岸まで押し流した。(「高知県百科辞典」による)この災害により、大豊町民の2人が犠牲になった。国道32号は23日間、国鉄土讃線は24日間不通となり、物資の流通や通勤・通学に大きな影響が出た。国鉄職員1人の遺体は、翌昭和48年2月に護岸工事中に発見された。
地理院地図
Googleマップ
備考
繁藤には繁藤災害の慰霊塔が建立されている。
参考画像

原資料
原資料PDF1を表示する
参考文献
大豊町史編纂委員会編「大豊町史 近代現代編」(大豊町教育委員会、1987年)、846-847頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
繁藤災害 集中豪雨 山崩れ 死者 国鉄土讃線
NO.
高知1152