宝暦3年の水論

災害年月日
1753年00月00日
市町村
愛媛県東温市(重信町)
災害種類
風水害  
概要
宝暦3年(1753)、洪水があり、重信川の瀬筋を南側に移動させた。このため、三か村井堰の関切場を下林側の伽藍口門樋に接近させて設置したところ、水論が発生した。伽藍口門樋に接近されると、三か村井堰からの漏水と湧水を期待することができないためである。この年は郡役人が仲裁に入り、一応の解決をみたが、その後再度異議申し立てがあり、翌宝暦4年に代官所の裁定となった。裁定は、重信川の瀬筋が変わった場合、関切場の設置は代官所の指図に従うべきということであった。
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原資料
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参考文献
重信町誌編纂委員会編「重信町誌」(重信町、1975年)、342-345頁及び360頁
情報源の種類
市町村史、郷土史
キーワード
洪水 重信川 三か村井堰 伽藍口門樋 代官所裁定
NO.
愛媛4063