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文政5年6月の洪水

文政5年(1822)6月2日、肱川で洪水、増水量27.5尺。御在所風雨川々満水。(「加藤家年譜」による) 続きを読む

文政6年の水争い

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文政6年(1823)6月10日、突分ヶ堰をめぐり南吉田村と余戸村・垣生村の間で乱闘が起こり、南吉田村の忠七が横死した。この時は、近郷の寺の僧侶が仲介に入り、新たな分水法を定めて決着した。さらに、25回忌の弘化4年(1847)に「南吉田村忠七墓表」が建てられ、「... 続きを読む

明治14年の干ばつ

明治14年(1881)7月16日以後、60日間降雨なく、干ばつ。 続きを読む