検索結果

8590件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県

年代順で並び替える : |

明治40年の台風

明治40年(1907)9月4日、九州西岸に上陸した速度の遅い台風のため、勝浦川上流を中心に多量の雨が降った。雨量は福原で1,026ミリ、小松島で405ミリに達し、稲作に被害をもたらした。 続きを読む

明治40年の洪水

明治40年(1907)旧7月29日、30日、豪雨が間断なく降り続き、吉野川は大洪水となった。 続きを読む

明治40年の洪水

明治40年(1907)旧7月29日、30日、大洪水。増水位は、明治32年の洪水より数尺低かった。 続きを読む

明治40年9月の洪水

明治40年(1907)9月7日~8日、吉野川の増水2丈1尺となった。このため、水稲7割、陸稲8割、青芋5割、甘藷7割の被害を受けた。 続きを読む

明治40年の台風

明治40年(1907)9月7日、台風が九州西岸を通り、山口から日本海に抜けた。那賀川の水位は危険水位17.8尺(約5m)を超え26尺(約8m)となり、海岸の護岸は多くの場所で決壊した。吉野川でも決壊の予想される水位20尺を超え30尺になったと言われ、徳島市内で... 続きを読む

明治40年9月の台風

明治40年(1907)9月7日夜から8日午前中に台風が九州西岸を北上し、山口県を通って日本海に抜けたため、西日本は大災害を受けた。7日の徳島の日雨量は213.5ミリであった。吉野川、勝浦川下流では非常な出水となった。/大洪水。(「山城谷村史」による)/連日の大... 続きを読む

明治40年の洪水

明治40年(1907)9月7日、吉野川洪水。(「山川町史」、「徳島年鑑」、「丹兵衛日記」、「住友家記録」、「徳島県史」、「吉野川のあゆみ」、「世界善悪年代記」による) 続きを読む

明治40年の洪水

明治40年(1907)9月7日、洪水により、吉野川・勝浦川の堤防決壊85箇所2,825間。死者19人、うち吉野川で16人、負傷者27人、家屋全壊・流失360戸、半壊465戸、床上浸水10,411戸、道路決壊204箇所、橋梁損傷100箇所、防波堤47箇所、船54... 続きを読む

明治40年の洪水

明治40年(1907)9月7日、台風による洪水のため家屋に浸水被害。(「徳島毎日新聞」による) 続きを読む

明治40年9月の風雨

明治40年(1907)9月7日、風雨、出水。 続きを読む

1 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 859