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条件: 風水害

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享保16年8月の風雨

享保16年(1731)8月11日、御国風雨につき、御地高107,368石余御損亡。(「阿淡年表秘録」による) 続きを読む

享保16年の台風

享保16年(1731)秋8月、阿淡二州大暴風雨、農作被害127,059石。(「蜂須賀家記」、「渭水聞見録」、「阿波志」による)/8月11日、両国風雨につき、高107,368石余損亡。(「阿淡年表秘録」による) 続きを読む

享保16年の大雨

享保16年(1731)10月6日、大雨。享保3年(1718)以来の凶作。(「庄屋記録」、「讃岐国大日記」、「高松藩記」による) 続きを読む

享保16年の大雨

享保16年(1731)10月6日、大雨。享保3年(1718)以来の凶作続きで、乞食となる者が多く出た。(「香川県気象災害史」、「香川県気象史料」、「香川県防災気象要覧」等による) 続きを読む

享保17年の風水害

享保17年(1732)、風水害が土佐一円を襲い、死者2万人を算したと記されている。 続きを読む

享保17年の洪水

享保17年(1732)、洪水、虫害。 続きを読む

享保17年の長雨

享保17年(1732)春以来、多雨。閏5月3回洪水、夏うんか発生、稲の収穫皆無。(「伊予風水害小史」による)この年後半から翌18年にかけて食糧不足が深刻とあんり、米価も蔵相場1石につき銀80匁が、18年春の地相場は銀300匁にもはねあがった。飢人、餓死者も多く... 続きを読む

享保17年の洪水

享保17年(1732)、洪水、蝗害により、享保の大飢饉となった。この時、目黒村の庄屋毛利与右衛門は、私財の米銭を村民に分け与えて飢えをしのがせ、吉田藩主よりその功を賞され、吉田藩83ヶ村の庄屋頭を仰せつけられたと伝えられている。(「明治村誌」、「毛利氏歴要紀略... 続きを読む

享保17年の風雨

享保17年(1732)、風雨により、吉田藩の損毛は田畑計2,282石に及んだ。(「藤蔓延年譜」による) 続きを読む

享保17年の風水害

享保17年(1732)、風水害及び蝗害により飢饉となり、藩の御物成も全免され、藩主も幕府から金穀を借りて飢民の救助にあてた。この災害によって、翌享保18年には、吉田領内に約3万人の飢民ができた。 続きを読む

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