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条件: 地震・津波

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永正7年の地震

永正7年(1510)8月8日、地震。 続きを読む

永正9年の津波

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永正9年(1512)の大津波により、南町は全滅し、溺死3,700余人、かろうじて逃げのびて助かった者1,500余人、罹災家屋は寺社、侍屋敷、町屋合わせて1,800余軒であった。この大津波は正梶及び古目付近を入江と化した。 続きを読む

永正9年の津波

永正9年(1512)、海部郡沿岸津波(徳島県の災害)。 続きを読む

永正9年の津波

永正9年(1512)、大津波。洪浪入り、浦中流失1,800戸、3,700人。(「宍喰浦実記」による) 続きを読む

永正9年の地震

永正9年(1512)8月、大地震。宍喰に被害。 続きを読む

永正9年の津波

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永正9年(1512)8月、津波により宍喰浦は残らず流失し、老若男女3,700余人が死亡した。(牟岐東浦の津田屋喜右衛門「地震津浪嘉永録」による) 続きを読む

永正9年の津波

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永正9年(1512)8月、宍喰浦に津波が襲来したことが「宍喰浦旧記」に記されている。城山に上った人は数十人であった。南橋より向こうの町は残らず流失したが、山が近いため死人は少なかった。橋より北の町では家の被害は多くなかったが、死者は多く出た。死者は南北両町合わ... 続きを読む

永正9年の津波

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永正9年(1512)8月、津波。宍喰浦旧記によると、宍喰南町男女3,700余人死亡。 続きを読む

永正9年の津波

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永正9年(1512)8月、大津波が襲来した。宍喰川をはさんで南町(正梶)は残らず流失したが、山が近いため、北町に比べて人命の被害はやや少なかった。北町は、家の被害は南町ほどではなかったが、死者は非常に多かった。北町の人々の中には、愛宕山に逃げ上った人が数十人あ... 続きを読む

永正9年の津波

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永正9年(1512)8月、宍喰浦に津波が襲来したことが「宍喰浦旧記」に記されている。これによると、特に被害が大きかったのは宍喰浦のうち南町で、3,700余人が津波犠牲者になったことが知られる。この地震津波の記録は「大日本地震史料」には見当たらないが、明応7... 続きを読む

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