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2494件のアーカイブスが見つかりました。

条件: 地震・津波

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安政元年の地震

安政元年(1854)、地震により、宇和島藩、吉田藩ともに、各地で津波が発生して大惨事となった。明浜町でも、家屋の倒壊や死傷者が発生した。この時の犠牲者の霊を弔うために、里人たちが俵津の山の庵寺に、お地蔵様を奉納した。(「明浜町誌」による) 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)、安政南海地震により津波被害が起こった。この研究では、過去の南海地震津波に関する資料・資料から得られた四国の市町村別被災データをもとに地理情報システム(GIS)を用いて図化し、津波被害の地域特性について検討を行っている。今回の報告では、... 続きを読む

安政元年の地震

安政元年(1854)、大地震のため、小豆島の被害大、4日間続く。 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)、南海地震により、阿南市新野の海老川で河川閉塞が起こり、新湖が出現した。 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)、南海地震が発生した。この研究では、徳島県沿岸部の歴史資料(書籍、地方誌、石碑)から、安政南海地震(1854年)及び昭和南海地震(1946年)の住民行動を検証し、当時の津波に関する言い伝えなどの教訓との関係について分析を行っている。 続きを読む

安政元年の地震

安政元年(1854)に発生した大地震により海岸部の大手堤が決壊したため、答島村の農民は修復工事を再三にわたって藩に願い出た。願いが聞き入れられないと判断した農民・林左衛門は、修復工事に要する銀子借用を藩の蔵所に願い出た。 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)、M8.4の南海地震津波が起こった。瀬戸内海の津波の挙動は、東の紀淡・鳴門海峡ならびに西の豊予海峡から侵入する津波の特性により規定されると考えられる。本研究では、宝永(M8.4、1707年)、安政(M8.4、1854年)、昭和(M8.0、1... 続きを読む

安政元年の地震

嘉永7年(1854)、伊豆、相模を震源とする大地震により7日7夜、大津波があり、立江と櫛渕の境まで津波で魚が打ち上げられ、拾う人が多かったという。 続きを読む

安政元年の地震

安政元年(1854)、大地震、道後湯一時閉塞。(「近藤林内日記」、「学校日誌」による) 続きを読む

安政元年の南海地震

安政元年(1854)、南海地震津波が来襲した。四国の瀬戸内海沿岸の津波高は、香川県で1~1.5m程度、愛媛県で1~2.5m程度であったと推定され、伊予灘に面する愛媛県の伊予市では2.5m程度、松前町では2m程度と、この付近は四国の他の沿岸に比べて津波高が若... 続きを読む

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