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547件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 地震・津波

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寛政元年の地震

寛政元年(1789)4月16日夜九ツ下刻(午前0~1時)、大地震が起こった。福井の森家の「永代記」によると、所々堤防が破れ、川筋の水が濁り、所々で山崩れが発生した。富岡第住町の文殊院では、本堂の壁が甚だしく損壊し、秋葉山拝殿の壁が破損するなどした。また、町の土... 続きを読む

寛政元年の地震

寛政元年(1789)、阿波で大地震あり、市内寺町の墓石が倒れた。 続きを読む

寛政元年の地震

寛政元年(1789)、阿波で大地震あり、市内寺町の墓石が倒れた。 続きを読む

天明6年の地震

天明6年(1786)8月29日、大地震、松茂で地盤沈下。(「徳島県災異誌」等による) 続きを読む

享保13年の地震

享保13年(1728)9月1日、阿波国地震。(「徳島県史」による)(ただし、半田町では地震により大きな被害を受けたという記録はない。) 続きを読む

享保13年の地震

享保13年(1728)9月1日、大地震、津波が起こり、2日まで宮島浦、平井志村南牛飼並びに沖島田等に潮が入り、稲作の被害が多かった。(平石の鈴江龍太郎家所蔵年代記抄による) 続きを読む

宝永4年の地震

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宝永4年(1707)10月4日午前10時頃より大地震、11時頃におさまった。大地は一面に割れ、家や木は乱れ崩れ、高山から大石が落ちて重なった。正午頃、大波が来るので高い山に逃れよと聞こえてきた。間もなく、白波が立った大波が見えたので、人々は右往左往して逃げ上っ... 続きを読む

宝永4年の地震

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宝永4年(1707)、大津波。鞆浦の大岩の碑文には、宝永4年10月4日未時(午後2時)地震が起こり、1丈余りの津波が三度押し寄せたが、一人の死者も出なかったのは、あらかじめ津波に備えていたからだろうなどと記されている。 続きを読む

宝永4年の地震

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宝永4年(1707)10月4日、紀州沖大地震。地大いに震い五畿七道に及び、有史以来の規模となった。沿岸では大汐により多くの人畜が溺死した。 八幡神社の掛板には宝永地震の記録がある。そこには牟岐浦に勤務していた役人が、津波で人馬とも多数流死している中で、一人山に... 続きを読む

宝永4年の地震

宝永4年(1707)10月4日9ツ時(午前11時)から半日ばかり大ゆれ、間があって大潮が家を流し、船は残らず流された。大網、小網も皆流された。伊座利、阿部、志和岐は少々汐入ったが、人は死ななかった。東由岐は4人死、西由岐34人死、太井村1人、木岐9人、日和佐1... 続きを読む

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