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98件のアーカイブスが見つかりました。

条件:徳島県 美馬市 風水害

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明治30年の洪水

明治30年(1897)10月1日、吉野川は未曾有の洪水となり、脇町で5戸、岩倉で4戸が流出した。 続きを読む

明治29年9月の洪水

明治29年(1896)9月11日、大谷川で堤防120mが破れ、人家5戸が流失した。 続きを読む

明治29年8月の台風

明治29年(1896)8月30日の暴風雨で、阿讃山脈南斜面の降雨量は132ミリとなり、大谷川が氾濫、午前4時頃、現在の役場付近から南へ約540mの堤防が決壊、民家19戸が流失、1人が死亡、喜多橋・南橋が流失した。曽江谷川でも堤防87mが決壊、約1,000mが破... 続きを読む

明治25年の台風

明治25年(1892)7月23日、中心気圧977hpの台風が高知市付近に上陸し、北へ進んで日本海に通り抜けた。雨量が多く、特に吉野川の洪水は記録的なものであった。(高磯山崩壊をもたらした台風である。)台風の通過後も前線が残り、22日から25日までの雨量は脇町で... 続きを読む

明治19年の台風

明治19年(1886)9月10日午後からの暴風雨で、本町・島口地域では床上1mも浸水する家屋が続出、猪尻村、拝原村で各1戸、北庄村で2戸、曽江山村で8戸の民家が倒壊した。 続きを読む

明治18年の洪水

明治18年(1885)6月29日から降り出した雨は豪雨となり、30日には吉野川が氾濫、脇町の新馬場から西の助松あたりまでの民家3戸が軒下まで浸水、家族は南町の高良神社境内へ避難した。この吉野川の増水で、猪尻渡しの船頭小屋が流失、落久保・中樽井では民家4戸が流出... 続きを読む

明治18年の台風

明治18年(1885)7月1日、中心気圧980hp以下の台風が紀州南端に接近し、2日6時佐渡付近に達した。脇町付近は数日前から雨が続いた。曽江谷川の洪水は激しく、茶園岳が崩壊して1人が死亡した。崩土によって一時的に川が堰き止められ、あふれた水は茶園地域に流れ込... 続きを読む

明治17年の台風

明治17年(1884)8月25日~26日、中心気圧973hp以下の台風が九州天草から中国地方を通って佐渡付近に達した。吉野川大洪水、家屋流失溺死者多しという記録がある。県下全般に大被害があった。 続きを読む

慶応2年の洪水

慶応2年(1866)8月1日からの大風雨により、谷々は言うに及ばず吉野川の増水はひとしおで人々は肝を冷やしたという。寅の水、または七夕水と呼ばれる。(「三好郡誌」による) 続きを読む

安政4年の洪水

安政4年(1857)7月29日4ツ時から風が吹き出し大雨も降り出して、8月1日朝5ツ時分まで打ち続いた。八朔水と呼ばれる。(「三好郡誌」による) 続きを読む

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