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条件:徳島県 吉野川流域

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万延元年7月の水害・高潮

万延元年(1860)7月11日、12日、台風と思われる水害は高潮を伴い、河川下流域で大きな被害を出した。特に川内、松茂の吉野川最下流域の新田地帯では田畑が水に浸かり、生産物皆無という状況に追い込まれるところもあった。 続きを読む

万延元年の洪水

万延元年(1860)5月15日、別宮川筋名西地方で大洪水、7月11日には強風で77,000石の減収となり、年貢御免となった 続きを読む

万延元年の洪水

万延元年(1860)5月15日、別宮川筋名西地方で大洪水。(吉野川治水年表による) 続きを読む

万延元年の洪水

安政7年(1860)5月11日、七日間の大雨により洪水、阿波全土が大半浸水、破堤各所にあり。(「板野郡史」、「吉野川ーその治水と利水」による) 続きを読む

安政7年の大雨

安政7年(1860)5月11日、七日間の大雨により洪水、阿波全土が大半浸水、破堤各所にあり。(「板野郡史」による)(吉野川における災害年表) 続きを読む

万延元年5月の大雨

万延元年(1860)5月、3度の大雨。吉野川流域を中心とした被害は、板野郡内だけで損亡1万9,728石余、流死1人、堤・用水等6,146間などに及んだ。 続きを読む

安政4年の八朔水

安政4年(1857)7月29日から降り始め、8月1日に、旧吉野川堤防が破堤し、大麻町坂東の津慈、河崎、三俣周辺一帯が浸水し、また鈴江堤防が切れて別宮川の水が川内町に侵入、305戸が倒壊した。池田町でも、古老の見聞談によると相当の被害を蒙ったという。 続きを読む

安政4年の八朔水

安政4年(1857)7月29日から降り始めて、8月1日に豪雨となったので、「八朔水」という。旧吉野川の破堤で、大麻町板東の津慈、川崎、三俣方面が浸水したのをはじめ、川内町も鈴江の堤防が切れて別宮川から浸水、305戸が倒壊した。この時は風も強く、三好郡池田町では... 続きを読む

安政4年の八朔水

安政4年(1857)7月29日から降り始めた雨は、8月1日になって豪雨となり、旧吉野川の堤防が破堤し、板東、津慈、川崎、三俣周辺一帯が浸水した。また、別宮川が増水したため、鈴江堤防が切れ、川内町で350戸が倒壊した。 続きを読む

安政4年8月の風水害

安政4年(1857)8月1日、風水害。(高原村元木家「かどや日記」による) 続きを読む

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